福原開幕カードに登板か

「福原があんまり広島によくなかったからな。広島出身やのに、(広島市民球場は)高校時代(広陵高)から投げてるはずやのに、いい思い出がないみたいやな」

今ならいい思い出だと言えるんでしょうか。↓日刊スポーツなにわWEBより

V候補だった最後の夏…二岡と号泣
福原(広島・広陵高)が語る 高校野球地方大会の思い出
 
あの時の広陵はダントツの優勝候補だったんです。絶対に甲子園には行ける。ボクだけではなく、みんなそう思っていました。春の県大会でも優勝していましたからね。でも、不安があるとすれば主力選手に故障が多かったことなんです。春の大会から7人が離脱していた。ボクもはく離骨折で、ようやく夏の大会に間に合ったところだったんです。

広島工とあたったのは3回戦でした。ボクは2番手で登板して、2イニングを投げた。ワイルドピッチで1点を失ったのを覚えています。結果は2―6。何が何だかわからないまま終わってしまった。広島市民球場のグラウンドで二岡(現巨人)と崩れ落ちて号泣しましたよ。誰もが負けるとは思っていませんでしたからね。あの時のチームは本当に強かったんです。負けたのが受け入れられなかったですね。甲子園は近いようで、遠かったです。